「まる」ないちにち

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イギリスでの生活や仕事を通して、感じたことをつづっていきます。

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 「ちゃう、ちゃう」は自己主張???

:: 2012/06/23(Sat) ::

まずは、前回の記事にたくさんの「おめでとう」メッセージをありがとうございました。すごくすごく嬉しかったです。お一人ずつ (顔を見たことないのに) の雰囲気を感じながら、丁寧に読ませていただきました。また、メールでもメッセージをくださった方にも、この場を借りてお礼を申し上げます。
大学院で学ぶことが私の夢でもなければゴールでもありません。これはこれからの私の人生の一ステップ、これからがスタート。ここで培ったものをどう還元していくか。私の今後の課題です。
本当にありがとうございます。
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さて、前々回の記事「母からのメール:『んだかー』」について、今日は何点か、自分なりに思っている・考えていることを書こうと思っています。
と言うのは、実はこの伊集院静氏の引用文をそのまま使おうかどうしようかかなり迷ったからなのです。
(*もしかしたら、メールで送ってくれた母がタイプし間違えているかもしれないので、あくまでも「母からのメールが正しい」ということを前提にして、話をさせてください。もし間違っている場合には、訂正をし、お詫びをしたいと思います。)

関西の言葉に「ちゃう、ちゃう」違う、違うと否定する。自己主張!

この一文。これを読んだら関西の人、いい気持ちしないだろうなって感じたから。書いては消し、挿入しては削除する・・・その繰り返しでした。

でも、
1) この文を書いたのは私ではない、伊集院氏が意図を持って書いたものということ
2) 伊集院氏は言葉を引き合いに出しているけれど、関西の人のことには触れていないということ
3) 伊集院氏の言う「自己主張」には、私自身、異を唱えるということ

この3つの理由があり、敢えてそのまま引用することとしたのです。


まず、この引用元は、
 いきいき2011年6月号 p26 タイトル「あの日、そしてこれから」
伊集院氏が東日本大震災後被災地へ赴き、そこで生活され、その時の様子を書き記されたものです。つまり、伊集院氏の体験を書いたもの、ということです。

さて、まずは最初の 1) について、私の思っていることをお伝えします。
1) 伊集院氏がここで「自己主張」という言葉を用いたのは、次の段落の「東北の人は、自己主張より先に受け入れて、分かち合おうとする。」というところにつなげたかったためなのではないかと推論します。
ここで、なぜ「関西の」という言葉を用いたのかは私にはわかりません。もしかしたら、「ちゃう、ちゃう!」と思いきっり言われた体験があったのかもしれませんが、それは私の憶測でしかありません。

ここで私が伊集院氏の言葉を引用したことで 「haykichiがこんなこと言っている」 と感じられる方もいらっしゃるかもしれません。でも、私が書いた言葉でもなければ、私が思っている言葉でもないのです。これをはっきりさせるため、筆者である伊集院氏の言葉を削るのはよくない、と思ったからです。削ってしまえば、そこで私が意図して、伊集院氏の言葉と内容を変えてしまうことになるからです。

2) 伊集院氏が関西の言葉と言っているけれど、関西の人とは一言も言っていないこともここで触れておきたいと思います。また、テーマは関西ではなく、「受け入れる」という言葉「んだかー」がテーマです。

私には大阪にとても大切な友人がいます。大好きな尊敬する彼女。時々、彼女が発する言葉が「きつい!」と思うこともありますが、彼女の性格を否定することは決してありません。「言葉=人格」ではないからです。伊集院氏も同じように考えているのではないかと、私は (これも) 思います。

3) そして、伊集院氏のこの一文には私は異を唱えると言うこと。
「違う!」というのは「自己主張」ではありません。自己否定でもありません。ただの「否定」です。なぜ、これを自己主張としたのか。

そもそも、主張とは何なのか。
主張とは「自分の意見を言いはること。自分の意見を言い続けること。また、その意見。持論。」であり、
否定の「そうではないとうちけすこと。非とすること。認めないこと。」 とは別物です。(両意味とも「Kokugo Dai Jiten Dictionary. Shinsou-ban (Revised edition) Shogakukan 1988/国語大辞典(新装版)小学館 1988」より抜粋。)

実は、私自身の中で「自己主張」というのはここ数年のテーマなのです (英語ではself-assertive)。私自身、主張することはとても大切で、必要なことだと思っています。
主張というのは、相手を認めないということではなく、自分が考えていることを言うことです。自分が正しいと思うことを言うことです。それはもちろん、自分以外の人にとったら、正しくないかもしれません。でも、言うことでそれがどうなのかを教えてもらうこともできるのです。言わなければ、正しいか正しくないかもわからないのではないかと思います。

ただ、「和を持って尊しとなす」日本文化では、自分の意見を言い張ることはその場にそぐわないと思われます。なので、主張するということは、人の考えを受け入れない=否定することと、思われるのかもしれません。もしかしたら伊集院氏はそう思ったのでしょうか。本人に聞かなければわかりませんね、これは。
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最後に。
なぜ母がこの文を送ってきたのか。
「自分自身、すぐに『違う』と否定することを言ってしまい、この文で自分自身、反省させられた」
からです。(70歳になっても反省する母、偉いな~と思います!) 私は「受け入れることの重要性」について考えさせられました。
このたった200字ほどの抜粋が読む人にそれぞれ違うメッセージとなっているんだなってびっくりしました。
言葉って難しいですね。そしてそれと同時に、思いを伝えることができる貴重なツールでもあるんですね。今回、感じたのが、"一言一句、責任もって自分の言葉を語っていきたい" ということです。

非常に長くなってしまいました。最後まで読んでくださった方、ありがとうございます。ご意見等ございましたら、どんどんお聞かせください。

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comment

えせ関西人より

生粋の関西人ではないのですが。
「ちゃう、ちゃう」の意味合いは、言い方やシチュエーションで大きく変わるように思います。
「ちゃう、ちゃう」と重ねて使うときは、軽く相手の間違いを正す、説明する場合でしょうか。
「ちゃう!」と強く言い切るときは、かなり強い否定。
「ちゃう、ちゃう」にさらに「あかん、あかん」が続くことも良くありますねぇ。

たしかに「ちゃう」自体は単なる否定ですが、自分の意見を続けるための枕詞である場合が多いです。そういう点では、伊集院氏の「ちゃう」は自己主張に一部うなづけます。

でもね、関西の人もよく人の話を聞いてくれますよ。自分の話に持って行くためのタイミングをはかるため、という理由ではありますが(笑)

自己主張の強い友人が関東に引っ越しました。
「大阪と違って、みなさんわたしの話を最後まで聞いてくれるから居心地がいい」とメールが来ました。
友人一同、関東の方は彼女の間違った(場合が多かった)主張を最後まで聞く忍耐力があるのだなー、と感心したものでした(笑)
彼女自身も人の話にすぐ「ちゃう、ちゃう」とはいってくるタイプでした。さぞ、忍耐力のあるひとになって帰ってくることでしょう(笑)
  1. 2012/06/24(Sun) 10:16:36 |
  2. URL |
  3. Chun #-
  4. [ 編集 ]

関西人より♪ (長文です)

haykichi様、

東京在住関西人のcocue-cocueです。

伊集院静さんの書かれた文章について、いやな気持ちにはなりませんでしたが、全国的に見て「関西」ってこういうレッテルが貼られがちなんだよね~と分かっていたので、前回はスルーしてしまいました。
改めてエントリくださっていたので、この機会にコメントに参加させてくださいませ。

否定、自己主張のテーマからちょっとずれるかもしれませんが、東京に来て10年以上暮らして&働いてみて、改めて思うことは、関西人の会話というのは、キャッチボールというか、お芝居・ドラマのように、語り手、言われた相手、居合わせただけの人(例えば電車の隣の席でばっちり会話を聞いている隣席の人)、観客(傍観者)のすべての人たちが絡み合って作り上げていくものだなあ、ということです。

なので、わざと回りくどい言い方をしてみたり、例えば断るときもはっきり『いやです』「しません」という言葉を使わないで伝えようとしたりします。

一言で断ると、会話もすぐに終わっちゃいますでしょ(笑)。
「来週木曜日、みんなで集まってビアガーデンに行こうよ」「私、その飲み会には行かない」終わり、みたいに。
いろいろ理由を説明して、結局来るの来ないのどっちなん?>くらいまで話を持っていかないと、会話の過程が楽しめませんし(^^;)

で、そんな文化圏の会話に出てくるのが例えば「ちゃう、ちゃう」のような「合いの手」だと思うんですね。

◎あなたはAだといった。
◎私は「あなたがAと言った」そのことを理解した。
◎しかし私はAだとは思わない。
◎私はむしろ、Bだと思っている。
◎そのことをAだと思っているあなたに伝えたい。

それらを伝えるための、きっかけの役割を果たしている言葉です。
一方的に、あなたは間違っているとか、あなたの言っているAは正しくないとか、そういって斬って捨てるための一言ではないんですね。

なぜこんなことを感じたかというと…
前にコメントをされているChunさんのお友達の女性の話の中で、「大阪と違って、関東ではみんな私の話を最後まで聞いてくれる」というせりふに引っかかったからです。

私の経験に照らして、なので、Chunさんやそのお友達の方とは違うかもしれませんが、ここでいう「最後まで聞いてくれる」というのはあくまで「発言の途中で口を挟まない」という意味であって、「発言を受け止めて、納得して受け入れている」とは違うと思います。ちょっと踏み込んでいってみると、実は発言の途中から聞き流されているんじゃないかという疑いもあるかもしれません。

東京に暮らして、たまに関西の友人たちとの会話をするとつくづく感じるのは、関西の人たちは本当に人の話によく耳を傾けているということ。
それは、Chunさんのお友達と同じように「ちゃう、ちゃう」ではありませんが、相手の言葉に反応するためにアンテナをしっかり立てているから(分かりやすく言うと、突っ込みを入れるきっかけを常に探しているから)なんです。
関東で暮らしていると、横槍は入らない代わりに、ボケをスルーされたり、ひっかかるかな?と思っていったところもそのまま流されることがあります。これは会話に対するスタンスと対応の地域差かな、と感じています。

東北の話からもずれてしまいましたが(苦笑)、会話、対話にもやはり地域性というか文化があって、その背景を元にいろんな言葉が使われていて、人間関係が築かれているということ。そのなかで、いろんな形の自己主張や意思疎通の形式が選ばれているんだと思います。
特定の単語やフレーズのみを取り上げて論じるのは難しいな、ということです。

※ ちなみに私もかつては「関西の女性の言葉はきつい」といわれて、傷ついていましたよ~

こちらから見ると、それこそ「来週の飲み会?私、行かない」とバッサリ断ってくる関東のあなたのほうが、よっぽどきつい言い方で、誘った人を傷つけているのに。そんなあなたに言われたくないよと。

(関西でそんな風に一言で断ると、それこそ友達なくすよ~
仮に欠席するなら、
「その会合には自分もぜひ参加したいと思っている、しかしながら当日はあいにくこれこれの理由があるため、自分は残念ながら顔を出すのは難しい、けれどあなたたちと過ごしたくないから行かないわけではないので、次の機会は絶対何とかして出席するから、よろしくね」くらいのことを言葉を尽くして言わないと、薄情者扱い間違いなしです)

今となっては、全国各地の人が集まる東京では、白黒はっきり言ってあげないと、誤解を生じると分かっているので、きついのではなく、誠実なんだと分かりましたが。

長くなり、失礼いたしました。
  1. 2012/06/24(Sun) 13:52:32 |
  2. URL |
  3. cocue-cocue #-
  4. [ 編集 ]

cocue-cocueさま

はじめまして。

私も彼女の「最後まで聞いてくれる」は、反論されないとか間違いを指摘されない、というだけかな、と思っています。友人と「陰で何か言われてるんちゃう?」と心配したくらい(おせっかいですね)

私が住んでいる場所は、転勤族の方が多い地域です。
転勤族の方がお上手だなと思うのは、意見をうけいれているわけではないけど、その場では「ちゃう、ちゃう」とはおっしゃらないので、その場の受けはいいことです。
ただし、違うと思ったことは決して従わないという方もおられるので、関西風にその場で「それ、ちゃうんちゃう?」と議論を吹っかけてもらうほうが楽だなと思うことも多々ありました。

そうそう。
「○○お願いできますか?」との問いにばっさり「できません」とおっしゃるのは転勤の方が多かったです。
関西人はたとえ言い訳を言うだけとしても、一言でバッサリ、ということはないですね。妥協点をさぐることもできます。
生粋の関西人ほど、この「一言」にぐさりとくるようです。
  1. 2012/06/24(Sun) 16:25:35 |
  2. URL |
  3. Chun #-
  4. [ 編集 ]

こんにちは〜★
お母様、まだお若い!!!70歳では「反省」もあるかもしれませんよ!でも、そういう方に育てられた人は、努力家だろうと思います。

土地柄、お国柄、などなど、自分に関連のある場所や習慣をつい依怙贔屓してしまうことってあると思うのですよ。言葉(ダイレクトやアクセント)も同様かと思います。
不思議なもので、私は大昔ですが英語をアメリカで無理矢理習ったので、イギリス人と付き合うようになり、イギリスの中に入り込んだとき、違和感がありました。まして、特に当時のイギリス人って、アメリカのことはアクセントに至るまで「嫌い!」を主張してきましたからね。でも今は、逆になってしまったから、人間なんてそんなものかな?と痛感!子供の教育を東京でするとき、アメリカアクセントに傾くのが嫌でしたしね。。。
そんな子供達も、来たばかりの頃はアメリカ訛りを色々と言われましたが、すっかりイギリス、それも南部のアクセントになりました。
頑固な私は、未だにRとLにジタバタしてますから。。。

↓おめでとうございま〜〜す!!
頑張ってくれて、私まで嬉しかったです!!
遅くなってごめんなさい!
  1. 2012/06/24(Sun) 17:50:17 |
  2. URL |
  3. B&J #aRTWBpno
  4. [ 編集 ]

こんばんは。
前回の記事を読ませていただいて、私は、特に違和感は感じませんでした。
要するに、関西言葉のそれは、物のたとえであって、
伊集院さんやhaykichiさんのお母様、そしてhaykichiさんが
本来言おうとしていることの本質ではない、と思ったからです。
どこの地域でも、主張が強い人もいれば、協調性が強い人もいます。
それは県民性というより、性格でもあると思うのです。
そこで、ひとくくりにされることに敏感に反応される方がいらっしゃるのは否定しませんし、
九州人だって、言葉がきついと思われている部分があるのも、承知しています。
ただ、それは文化だと思うのです。言葉の文化。
所変われば文化の違いはありますし、違いを受け入れることは
相手を受け入れることにも通じることと思います。
haykichiさんが本来伝えたかったのは、受け入れる文化、だったのでは?と思いました。
無条件に従うという意味ではない、自分の懐に受け入れるという意識。
それは人として無くしてはならない文化、という意味でもあると思います。
  1. 2012/06/24(Sun) 23:43:29 |
  2. URL |
  3. ecru #S2eFIt1.
  4. [ 編集 ]

いろいろなご意見をありがとうございます。

Chunさん&cocue-cocue さん。

コメントをありがとうございます。お二人の連名でのお返事で失礼します。
お二人の状況が関西へ居を移された人、関西から居を移った人、というように
関西を主観でありながら客観で見てみえて、それぞれ違った立場での意見を
聞くことができて、とても勉強になりました。

「ちゃう」が枕詞的に使われるなんて知りませんでしたし、思いもしませんでした。
また、「合いの手」というのは漫才などを聞いているときに、感じます。
ですので、その言葉をしらないと、やはり「何だろう」って感じてしまう
ことが多いのだと感じました。

cocue-cocueさんがおっしゃっているように "会話に対するスタンスと
対応の地域差" というのが大きいのだと思います。
言葉も文化ですからね。そして言葉と言うものがその土地に根差し、それが
文化となりそこに住む人たちにとって居心地のいい物になっているのだと思います。
また、"郷にいれば郷に従え"という言葉もあるように、その土地にある風習を
大切にすることが一番、重要なように思います。それも受け入れることだと
私は理解しています。

前回、私自身が言いたかった「受け止める」ということから、ここまで発展して
話をできたこと、とても参考になりました。
お二人のお話から、知らないことだけでなく、そうだなって共感できる部分も多く、
非常に勉強になりました。
こうしたことを知っていれば、それぞれ関西の人・関東の人、そして誰とでも
付き合う時に、違和感を感じないで済むような気がします。

この記事のためにお二人の貴重なお時間を割いてコメントをしてくださって、
ありがとうございます。とても嬉しかったです!


B&Jさん。

こんばんは~。私、昔から「努力家」と形容されます。本人はいたってそんなこと
感じず、ただの「負けず嫌い」だと思っているのですが(笑)。

"土地柄、お国柄、などなど、自分に関連のある場所や習慣をつい依怙贔屓してしまう
こと。"そうなんです!私も、ここにいるとラジオなどで「Japan」言葉が聞こえてきたら、
必死になってしまいます、何を言っているんだろうかって。
たとえそれが私の知っていることであってもマイナス面を言われるのは、内心、
"うっ。なぜそこまで言う!"と思ってしまいますから。でもその依怙贔屓が自分の
土地を愛する大切な部分かな、と感じます。

RとLにじたばだだけならいいですよ~。私は未だにJanglishなので、
リズムもばらばら・・・。

お祝いコメントもありがとうございます。とてもうれしいです。
最初のころB&Jさんがくださったコメント"犬にもトラウマがあるんですよ" と
いう言葉、忘れません。生きているもの全て、心にトラウマを抱えることが
あるということ。だからこそ、今、私はヘイミッシュと真正面から向かって
いきたいと思えるのです。
心に残る言葉を残してくださってありがとうございました。

ecruさん。

前回の記事でも、そして今回もありがとうございます。おっしゃる通り、
私が伝えたかったのは「受け入れる」ことなんです。
まさに"自分の懐に入れて"という言葉がしっくりきます。多分、前回の私の書き方が悪く、
この「受け入れる」ということがあまり強調されていなかったようです。
言葉って難しいなって思います。

でもね。ecruさんもおっしゃっているように「言葉の文化」に私たち人間は生きて
いるのです。その言葉を使うのであれば、私はまず受け入れる言葉で人と接して
いきたいと思っています。
県民性、国民性ということも理解してその人の背景に何があるのかを感じていくことが
大切だと思います。
共感してくださってありがとうございます。
  1. 2012/06/25(Mon) 07:07:28 |
  2. URL |
  3. haykichi #Lg2mhvRI
  4. [ 編集 ]

おはようございます。
みなさんのいろいろな意見にどれも共感しました。
主人は関西人、私は長く関西で過ごしました。
関西弁のきついなあというニュアンスも、慣れ親しむとあたりまえで、どこへ行ってもぬけません。
でも、そういうことではなく、受け入れる姿勢で接するということですね。きっと、どこの国へいってもそうでしょう。
言葉って本当に難しいですね。だからこそ、思いやりの気持ちで接することを忘れずにいたいと思いました。
言葉について考えたことが、1番の収穫です。
ありがとうございました。
  1. 2012/06/25(Mon) 11:12:01 |
  2. URL |
  3. ぶんぶん #-
  4. [ 編集 ]

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  1. 2012/06/25(Mon) 14:40:38 |
  2. |
  3. #
  4. [ 編集 ]

Re: タイトルなし

ぶんぶんさん。

おはようございます!

> 受け入れる姿勢で接するということですね。きっと、どこの国へいってもそうでしょう。
特に今まで自分が住み慣れていた場所を離れると、それがよ~くわかります。

> 言葉って本当に難しいですね。だからこそ、思いやりの気持ちで接することを忘れずにいたいと思いました。
> 言葉について考えたことが、1番の収穫です。
> ありがとうございました。
私も本当にそう思います。
思いやりの気持ち、そして笑顔。これがあれば世界どこででも生きていける!
言葉に関しては、普段、意識することは少ないのですが、「あ!」と思った
ときに、じっくり考えてみると、おもしろい発見ができます。
こちらこそ、コメントをありがとうございました。こうして「文字」で気持ちを
表すことも大切なことだと感じました。
  1. 2012/06/26(Tue) 06:44:23 |
  2. URL |
  3. haykichi #-
  4. [ 編集 ]

Re: タイトルなし

鍵コメさん。

思いっきり関西弁でのコメント、ありがとうございます!
思い切り「ウケ」ました!!
特に「注目浴びでんで~」というフレーズ、声に出して笑ってしまいましたよ。
こういうご意見思ってもいなかったので、本当にうれしいです!
みなさまに紹介できないのが残念です。
  1. 2012/06/26(Tue) 06:47:56 |
  2. URL |
  3. haykichi #-
  4. [ 編集 ]

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  1. 2012/06/26(Tue) 10:13:24 |
  2. |
  3. #
  4. [ 編集 ]

Re: タイトルなし

鍵コメさん。

いえいえ。みなさんにもお見せしたいな~と思いつつも、
ここは鍵コメさんと私との二人の秘密にします!
  1. 2012/06/27(Wed) 05:46:10 |
  2. URL |
  3. haykichi #-
  4. [ 編集 ]

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まとめtyaiました【「ちゃう、ちゃう」は自己主張???】

まずは、前回の記事にたくさんの「おめでとう」メッセージをありがとうございました。すごくすごく嬉しかったです。お一人ずつ (顔を見たことないのに) の雰囲気を感じながら、丁寧
  1. 2012/06/25(Mon) 13:41:57 |
  2. まとめwoネタ速neo


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